ツ的偽善の人物を、彼はよく知りすぎてい、現実に見たことがあった。さまよえるオランダ人[#「さまよえるオランダ人」に傍点]は、その重々しい感傷性と陰鬱《いんうつ》な倦怠《けんたい》とで彼の心を圧倒した。四部曲[#「四部曲」に傍点]の野蛮な頽廃《たいはい》的人物は、恋愛において堪《たま》らないほど空粗だった。妹を奪ってゆくジーグムントは、客間式の華想曲《ロマンス》をテナーで歌っていた。神々の黄昏[#「神々の黄昏」に傍点]中のジーグフリート、ブリュンヒルデは、ドイツのりっぱな夫妻として、たがいの眼に、とくに公衆の眼に、浮華|饒舌《じょうぜつ》な夫婦の情熱を盛んに見せつけていた。それらの作品中には、あらゆる種類の虚偽が集まっていた、嘘《うそ》の理想主義、嘘のキリスト教、嘘のゴチック主義、嘘の伝説味、嘘の神性味、嘘の人間味などが。あらゆる因襲を覆《くつがえ》すものとせられてるその劇ぐらい、巨大な因襲を振りかざしてるものはなかった。眼も精神も心も、片時なりとそれに欺かれるはずはなかった。進んで欺かれようと思わないかぎりは、欺かれるはずはなかった。――ところが人々の眼や精神や心は、欺かれることを望ん
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