ない感情を表現しようと欲したから起こったというより、むしろ彼らが実感する感情――実感する嘘の感情[#「嘘の感情」に傍点]――を表現しようと欲したから起こったということであった。音楽は魂の仮借《かしゃく》なき鏡である。ドイツの音楽家にして、率直で信実であればあるほど、ますます彼が示すところのものは、ドイツ魂の弱点であって、不安定な根底、柔惰な多感性、率直さの欠乏、多少|狡猾《こうかつ》な理想主義、自己を見、あえて自己を正視することの不可能、などであった。この誤れる理想主義は、最も偉大な人々の――たとえばワグナーの、急所であった。その作品を読み返しながら、クリストフは歯ぎしりをした。ローエングリン[#「ローエングリン」に傍点]は、罵倒《ばとう》すべき虚偽の作であるように思われた。その下卑《げび》た騎士道、偽善的なもったい振り、好んでおのれを賛美しおのれを愛する我利冷酷な徳操の化身とも言うべき、恐怖も知らないが人情も知らないその英雄、それを彼は憎みきらった。自分の面影を崇拝し、その神聖さにたいしては他人を犠牲にしても顧みない、自惚《うぬぼれ》の強い几帳面《きちょうめん》な堅苦しい、かかるドイ
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