のは美しい曲ばかりであり、愉悦が得られるに違いないと、前もって思い込んでしまってる連中だった。その彼らにどうして、みずから批判をくだすことなんかできたろう? 彼らはそれら神聖な大家の名前にたいして、満腔《まんこう》の尊敬をささげていた。彼らの尊敬しないものは何があったろう? その番組にたいしても、酒杯にたいしても、自分自身にたいしても、みな恭々《うやうや》しかった。近くとも遠くとも、すべて自分に関係のあるものにたいしては、「閣下」の尊称を頭の中で与えてるらしかった。
 クリストフは代わる代わるに、聴衆と作品とのことを考えてみた。あたかも庭の飾りの球《たま》のように、作品は聴衆を反映し、聴衆は作品を反映していた。クリストフは笑い出したい気持になって、顔をしかめた。それでもなお我慢していた。けれども「南ドイツ人」の一団が現われて、恋に落ちた若い娘の気恥ずかしい告白[#「告白」に傍点]を、堂々と歌いだした時には、もう堪えられなかった。彼は放笑《ふきだ》した。憤りの叱声《しっせい》が起こった。隣席の人々は驚いて彼をながめた。それらの憤慨した善良な顔を見ると、彼は愉快になった。彼はますます笑い、
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