の前が真赤《まっか》になった。将《まさ》に大公爵の鼻面《はなづら》に拳固《げんこ》を食《くら》わせようとした。しかし種々の矛盾した感情の混乱に圧倒されていた。恥辱、激怒、または、彼のうちにまだ多少残ってる、怯懦《きょうだ》や、ゲルマン的忠義心や、伝統的な尊敬心や、君侯の前における屈従的習慣などであった。彼は口をききたかったがそれもできなかった。なんとかしてやりたかったがそれもできなかった。もはや何も眼にはいらず、何も耳にはいらなかった。押し出されるままになって、外へ出た。
彼は冷然たる召使らのまん中を通りぬけた。彼らは扉《とびら》のところまでやって来て、喧嘩《けんか》の騒ぎを残らず聞き取っていた。控室から外に出るため三十歩行くのが、彼には一生かかるかと思われた。前へ進むに従って廊下は長くなった。とうてい出られないような気がした……。向こうにガラス戸から見えてる戸外の光は、彼にとって天の救いであった……。彼はつまずきながら階段を降りていった。帽子を被《かぶ》っていないことに気づかなかった。受付の老人は彼を呼びとめて、帽子を注意してやった。彼はある限りの力を振るい起こしてようやく、官邸を
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