意した。そして彼女に言葉をかけるために、車室の窓を開《あ》けようとすると、発車の笛が鳴った。彼は話すことをあきらめた。列車が動き出すまでに数秒過ぎた。二人はまともに顔を見合わした。どちらも自分の車室の中で、車窓に顔をくっつけ、あたりに立ちこめてる闇《やみ》を通して、たがいの眼の中をじっとのぞき込んだ。二つの窓が間を隔てていた。両方から腕を差し出したら、手先は届くかもしれなかった。すぐそばだった。またごく遠かった。列車は重々しく動き出した。たがいに別れる今となっては、彼女はもう臆《おく》しもしないで、彼をながめつづけた。二人はじっと相手の顔に見入ったまま、最後に挨拶《あいさつ》をかわすことさえも考えなかった。彼女は徐々に遠くなった。彼の眼から彼女は消えていった。彼女を乗せてる列車は暗夜の中に投じた。二人は二つの彷徨《さまよ》える世界のように、無限の空間の中で一瞬間をそばで過ごした、そしておそらく永遠に、無限の空間の中にたがいに遠ざかってしまった。
 彼女の姿が見えなくなると、彼はその未知の眼差《まなざし》から心の中にうがたれた空虚を感じた。彼にはその理由がわからなかった。しかし空虚は存し
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