ものは、彼と彼の過去との間ににわかに溝渠《こうきょ》を穿《うが》ったものは、最近半年間の経験であった。彼は幻影から脱出していた。今や彼は、おのれのあらゆる思想の真偽の度を判断するためにあてがい得る、現実の尺度を所有していた。
 彼は熱情なしに作られた昔の曲譜に嫌悪《けんお》の情を覚えたので、その結果例の誇張癖から、熱烈な要求に迫られて書かせられるもののほかは、もういっさい書くまいと決心した。そして観念の探求をそこに中止して、もし創作熱が雷電のように落ちかかって来るのでなければ、永久に音楽を捨てようと誓った。
 彼がかくみずから誓ったのは、雷鳴が到来しつつあることをよく知っていたからである。
 雷は、みずから欲する所にまた欲する時に、落ちる。しかし笛を引きよせる高峰がある。ある場所――ある魂――は、雷鳴の巣である。それは雷鳴を創《つく》り出し、あるいは地平の四方から雷鳴を呼ぶ。そして一年のある月と同じく、生涯《しょうがい》のある年齢は、きわめて多くの電気を飽和しているので、迅雷《じんらい》がそこに生じてくる――随意にでなくとも――少なくとも期待する時に。
 全身が緊張する。幾日も幾日もの
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