め! 水だ、水だ!」
 彼は顔を盥《たらい》につき込んで、息がつまるまで水につけておいた。そして顔を充血さし、眼をむき出し、海豹《あざらし》のように息を吐きながら、水から顔を出すと、身体にしたたる水を拭《ぬぐ》いもやらず、急いでテーブルのところに行き、のろわれたる作品を引っつかみ、それを猛然と引き裂きながら、つぶやいた。
「こら、やくざ者め!……こら、こら!……」
 そしてようやく胸をなでおろした。
 それらの作品がことに彼を激昂《げっこう》さしたゆえんは、その虚偽であることだった。ほんとうに感じたものは何もなかった。暗誦《あんしょう》した句法、小学生徒の修辞法ばかりだった。盲人が色彩のことを語るような調子で、彼は恋愛を語っていた。流行の幼稚な説をくり返しながら、聞きかじりで語っていた。そしてただに恋愛ばかりでなく、あらゆる熱情が、放言の題目に使われていた。――それでも彼は常に真実たらんと努めたのであった。しかし真実たらんと欲するだけでは足りない。真実であり得なければいけない。そして、まだ少しも人生を知らないうちに、いかで真実たることを得よう? それらの作品の虚構を彼に開き示してくれた
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