あたかもその存在を認めていないかのようだった。
フランツは彼が話してるのをながめていた。感嘆と誇張癖とを交えて唇《くちびる》や眼を動かしながら、その一語一語を跡づけていた。そして父や殊に嘲《あざけ》り気味の目配せをしながら、ふき出し笑いをしていた。が妹は平然として、兄の目配せに気づかないふうを装《よそお》っていた。
ロタール・マンハイム――少し背の曲がった頑丈《がんじょう》な大きな老人、赤い顔色、角刈りにした灰色の髪、ごく黒い口|髭《ひげ》と眉《まゆ》毛、重々しいがしかし元気で嘲弄《ちょうろう》的で、強烈な生活力を思わせる顔つき――彼もまた、狡猾《こうかつ》なお人よしのふうをして、クリストフを研究していた。そして彼もまた、この青年の中に「何か」があることを、ただちに見て取った。しかし彼は、音楽にも音楽家にも興味をもたなかった。それは彼の部門ではなかった。何にもわからなかったし、わからないことを隠しもしなかった。むしろそれを自慢にさえしていた。――(こういう種類の人が無知を表白するのは、それを誇らんがためにである。)――そしてクリストフの方でも、その銀行家なんかが仲間に加わらなくても
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