た。そしてこの民族の鋳型《いがた》の中には、あるいはきわめて美しいあるいはきわめて卑俗な無数の不均衡な要素が、雑然と投げ込まれてるのが感ぜられた。彼女の美はとくに、その口と眼とに存していた。口は黙々としており、眼は近視のためにいっそう奥深く見え、青みがかった眼縁のためにいっそう影深く見えていた。
前にいる女の真の魂を、その両眼の潤《うる》んだ熱烈なヴェール越しに読み取り得るには、クリストフはまだ、個人によりもむしろ多く民族に属してるその眼に十分慣れていなかった。その燃えたったしかも陰鬱《いんうつ》な眼の中に彼が見出したものは、イスラエルの民の魂であった。その眼はみずから知らずして、おのれのうちにイスラエルの民の魂をもっていたのである。彼はその中に迷い込んでしまった。彼がこの東方の海上に道を見出し得るようになったのは、ずっと後のことであって、かかる眸《ひとみ》のうちに幾度も道を迷った後にであった。
彼女は彼をながめていた。何物もその視線の清澄さを乱し得るものはなかった。何物もそのキリスト教徒の魂から逃《のが》れ得るものはなさそうだった。彼はそれを感じた。彼はその女らしい眼つきの魅惑の
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