動を受けた。そういう時彼はひどく心をそそられて、自分ながらばかばかしく思えるにもかかわらず涙を浮かべまでした。その他の時は何のこともなく、彼にとってはただ音響だけにすぎなかった。そのうえ一般的に言えば、作品のうちのよくない部分――まったく無意義な楽節――にばかり感動していた。――彼らは夫妻とも、クリストフを理解してると思い込んでいた。そしてクリストフも、理解されてると思い込みたかった。けれど時々二人をからかってやろうという意地悪い欲望が起こった。彼は罠《わな》を張って、なんらの意味もないものを、くだらぬ曲を、ひいてきかせながら、それは自分の作だと彼らに思わせておいた。それから彼らが非常に感心すると、ありていに白状した。それで彼らは用心した。次にクリストフが様子ありげに一曲をひくと、彼らはまただまされるのだと想像した。そしてそれを悪口言った。クリストフは彼らに悪口を言わせ、自分もそれに言葉を合わせ、その曲は一文の価値もないと承認し、それからにわかに口を切った。
「ひどい人たちだ。ごもっともですよ。……これは僕のだから。」
彼は二人をうまくだまかすと、王様にでもなったように喜んだ。ラインハルト夫人は少々当惑して彼のところへ来て軽く打った。しかし彼がいかにも心よく笑ってるので、彼らもまたいっしょに笑った。彼らは間違いない意見をいだき得るとは自信していなかった。そしていかなる立脚地に立っていいかわからなくなったので、リーリ・ラインハルトはすべてを非難しようときめ、良人《おっと》はすべてをほめようときめた。そうすれば、二人のうち一人はいつもクリストフと同意見になることが確かだった。
それにまた、二人をクリストフにひきつけたのは、彼が音楽家であるからというよりもむしろ、やや常軌を逸したきわめて親しみ深い活発なお人よしだったからである。彼の悪い噂《うわさ》を聞いても、彼らはそのためにかえって好意をいだいた。彼と同じく彼らもまた、この小都市の雰囲気《ふんいき》に圧迫されていた。彼と同じく彼らもまた率直であって、自分だけの考えで物を判断していた。そして、処世術が下手《へた》で自分の率直さの犠牲となってる大きな坊ちゃんだと、彼らは彼を見なしていた。
クリストフはその新しい友人たちを、たいして買いかぶってはいなかった。彼らから自分の奥底は理解されていないし、決して理解されることはあるまいと思うと、多少|憂鬱《ゆううつ》になった。しかし彼は非常に友情を得ることが少なかったし、しかも非常に友情をほしがっていたので、彼らからいくらか愛してもらえることを限りなく感謝していた。彼は最近一年間の経験から教えられていた。気むずかしくする権利が自分にないことを認めていた。一、二年以前だったら、彼はそれほど我慢強くはなかったろう。善良な退屈なオイレル一家の人たちにたいして手きびしい振舞いをしたことを、彼は思い出しながらくすぐったいような苛責《かしゃく》を感じた。ああ、いかに賢明になったことだろう!……彼はそれをやや嘆息した。ひそかな声が彼にささやいた。
「そうだ、しかしいつまでそれがつづくかしら。」
それで彼は微笑をもらした。そして心が慰められた。
一人の友を得るならば、自分を理解し自分の魂を分かちもつ一人の友を得るならば、彼は何物をなげうっても惜しくは思わなかったろう。――しかし、彼はまだごく若かったけれど、十分世間の経験を積んでいたので、自分の希望は人生において最も実現困難なものであること、自分以前の真の芸術家らの多数よりもさらに幸福たらんと望み得られるものではないことを、よく知っていた。彼らのうちの数名の伝記を、彼はやや知り得ていた。ラインハルト家の蔵書から借り出したある種の書物は、十七世紀のドイツの音楽家らが通った恐るべき艱難《かんなん》な道と、それらの偉大な魂のある者――最も偉大なる魂、勇壮なるシュッツ――が示した泰然たる堅忍さとを、彼に知らしてくれた。焼かれたる都市、疾病に荒らされた田舎《いなか》、全ヨーロッパの軍勢に侵入され蹂躙《じゅうりん》された祖国、しかも――最も悪いことには――災禍にひしがれ困憊《こんぱい》し堕落して、もう戦おうともせず、万事に無関心となり、ひたすら休息をのみ望んでいる祖国、そういうもののまん中にあって、おのれの道を撓《たわ》まずたどっていったのである。クリストフは考えた。「かかる実例を前にして、だれが不平を唱える権利をもっていよう? 彼らには聴衆がなかった、未来がなかった。彼らはただ自分自身のためと神のためとに書いていた。今日書くものは明日のために滅ぼされるかもしれなかった。それでも彼らは書きつづけた。そして少しも悲しんでいなかった。何物も彼らからその勇敢な純朴《じゅんぼく》さを失わせ得なかった。彼らは自己の歌をもって
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