は太く、歯並みや賤《いや》しく、清楚《せいそ》なところが少なく、ただ眼だけは生き生きとしてかなり敏捷《びんしょう》で、また仇気《あどけ》ない微笑をもっていた。彼女は鵲《かささぎ》のようによくしゃべった。彼も快活に答えをした。彼女は面白いほど率直で、おかしな頓智《とんち》に富んでいた。二人はあたりの人々にお構いなしで、笑いながら声高く感想を語り合った。近くの人々は、二人を孤立から助け出してやるのが慈悲の仕業である間は、二人の存在を気にも止めなかったが、二人がしゃべり出したとなると、不満そうな眼つきを投げはじめた。そんなにはしゃぐのは、よからぬ趣味となるのであった……。しかし、人の思惑なんかは、二人の饒舌《じょうぜつ》家には無関心なことだった。二人は先刻の意趣晴らしをしていたのである。
 最後に、ラインハルト夫人はクリストフに良人《おっと》を紹介した。彼はひどい醜男《ぶおとこ》だった。顔は蒼《あお》ざめ、髭《ひげ》がなく、痘痕《あばた》があり、憐《あわ》れっぽかった。しかしたいへん善良な様子だった。喉《のど》の奥から声を出し、音綴《おんてつ》の間々で休みながら、もったいらしいたどたどしい仕方で言葉を発音した。
 彼ら二人は、数か月以前に結婚したのだった。そしてこの二人の醜男醜女は、たがいに惚《ほ》れ合っていた。おおぜいの人中ででも、見合わしたり話したり手を取り合ったりするのに、一種の情愛をこめていた――それは滑稽《こっけい》でかつ切実だった。一人が好むことは、も一人も好んだ。すぐに彼らは、この招待の帰りには宅へ寄って夜食を取ってくれと、クリストフに申し出た。クリストフは冗談を言いながら用心し始めた。今晩は早く帰って寝るのがいちばんいいと言った。十里も歩かせられたようにがっかりしてると言った。しかしラインハルト夫人は、だからこそこのままではいけないと答え返し、こんな厭な気持のまま夜を過ごすのは危険だと言った。クリストフは我《が》を折った。彼は孤独だったので、あまり上品ではないがしかし単純で心厚いこの善人たちに出会ったのを、実はうれしく感じていた。

 ラインハルト家のこじんまりした内部は、彼らと同様に心厚いものだった。それは多少|饒舌《じょうぜつ》な心であり、種々の辞令をもってる心であった。家具も道具も皿《さら》も口をきき、「親愛なる客」を迎える喜びをあかずくり返し、健康を尋ね、懇篤で道義的な忠告を与えていた。安楽|椅子《いす》――それもごく堅いものだったが――の上には、小さな羽蒲団《はねぶとん》が敷かれていて、その羽蒲団は親しげにささやいていた。
「どうか十五分間ばかりでも!」
 クリストフに出されたコーヒー茶碗《ぢゃわん》は、も一杯飲むように勧めていた。
「も一口どうぞ!」
 御馳走皿《ごちそうざら》は、もとよりりっぱな料理に道徳を加味していた。一つの皿は言っていた。
「万事をお考えなさい。そうでないと何にもいいことが起こりますまい。」
 も一つの皿は言っていた。
「愛情と感謝とは人を喜ばせます。忘恩はだれでもきらいます。」
 クリストフは少しも煙草《たばこ》を吸わなかったが、暖炉の上の灰皿は彼の方へ進んで来ないではいなかった。
「火のついた煙草の小さな休み場所。」
 彼は手を洗おうとした。すると化粧台の上のせっけんは言った。
「われわれの親愛なる客人のために。」
 そして謹直な手ぬぐいは、何にも言うことがないのにやはり何か言わなければいけないと思ってるごく丁重な人のように、ごく良識的ではあるがしかしあまり適宜でない考えを、「朝を楽しむために早く起きなければいけない」ということを、彼に注意した。
「朝の時間は口に黄金を含んでいます。」
 クリストフは椅子《いす》に掛けたまま、室の隅々《すみずみ》から響いてくる他の種々の声に呼びかけられるのを聞くことを恐れて、ついにはもう振り返ることもできなくなった、彼は其奴《そいつ》らに言ってやりたかった。
「黙らないか、畜生め! お前たちの言うことはさっぱりわからない。」
 すると彼は突然大笑いに駆られた。そして主人夫妻に、先刻の学校の集まりを思い出したからだと、苦しい説明をした。どんなことがあっても彼らの気分を害したくなかった。そのうえ、彼は滑稽《こっけい》なことにあまり敏感ではなかった。彼は間もなく、それらの物品や人たちの饒舌な懇篤さに馴《な》れてしまった。彼らに向かって何を恕《じょ》しがたいことがあったろう。いかにも善良な人たちだった。嫌《いや》な人物ではなかった。趣味は欠けていたにしても、知力は欠けていなかった。
 彼らはやって来たばかりのこの土地でいささか途方にくれていた。田舎《いなか》の小都市の堪えがたい猜疑《さいぎ》心は、その一員となるの名誉を正式に懇願しないと、他人が勝手にはい
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