彼は尋ねた。「そう言っちゃいけないんですか。」
「いいわ、いいわ。」と彼女は笑いこけながら言った。「ちょうどそのとおりよ。」
ついに二人は出かけた。彼女のきらびやかな服装とおかまいなしの言葉とは、人の注意をひいた。彼女はすべての物を嘲笑《ちょうしょう》的なフランス婦人の眼でながめ、そしてその印象を隠そうとしなかった。流行品店や絵葉書店などの前で、彼女はよく放笑《ふきだ》した。感傷的な絵、滑稽《こっけい》な露骨な絵、売笑婦の姿、皇族、赤服の皇帝、青服の皇帝、ゲルマン[#「ゲルマン」に傍点]号の舵《かじ》を取って天を軽蔑《けいべつ》してる老水夫服の皇帝、そんなものが雑然と並べてあった。ワグナーの頑固《がんこ》頭を飾りにした一組の食器の前や、蝋《ろう》細工の頭が傲然《ごうぜん》と控えてる理髪店の前で、彼女は大笑いをした。プロシアやドイツ連邦やまっ裸の軍神を引き連れて、旅行|外套《がいとう》を着け尖《とが》った兜《かぶと》を頂《いただ》いた老皇帝を現わしてる、愛国的記念塔の前でも、彼女は不敬にもおかしがった。人々の顔つきや歩き方や話し方について、おかしなものはなんでも通りがかりに取り上げた。滑稽《こっけい》な点をうかがってるその意地悪な眼つきに会って、被害者らも気づかずにはいられなかった。彼女は猿のような本能に駆られて、みずからなんの考えもなしに、人々の悲喜こもごもなしかめ顔を唇《くちびる》や鼻で真似《まね》ることさえあった。またはふと耳にした切れ切れの文句や言葉のうち、奇妙な音調だと思われるものがあると、頬《ほお》をふくらましてそれをくり返した。彼は彼女のそういう無作法を少しも迷惑とせずに、快く笑っていた。なぜなら、彼も彼女と同じくらい無遠慮に振舞っていたから。幸いにも、もはや彼の評判は失墜しても大して惜しいものではなかった。そういうふうな散歩はすっかり評判を落としてしまうものではあるが。
二人は大会堂を見物に行った。コリーヌは高い踵《かかと》の靴《くつ》をはきたいへんな長衣を着ていたが、それにもかかわらず鐘楼の頂まで上りたがった。長衣の裾《すそ》は階段に引きずって、その角《かど》に引っかかった。彼女は平気だった。裂けるのも構わず衣を引っ張り、元気に裾を引きあげて上りつづけた。も少しで鐘を鳴らそうとまでした。塔の上でヴィクトル・ユーゴーの詩を朗吟した。彼にはその意味が少しもわからなかった。彼女はまたフランスの俗謡を一つ歌った。それから回教徒にならって、祈祷《きとう》時間を告げる真似をした、――薄暮になりかかっていた。二人は会堂の中に降りていった。濃い闇影《あんえい》が大きな壁にはい上がっていた。壁の上方には窓ガラスの怪しい眸《ひとみ》が光っていた。クリストフがふと見ると、ハムレット[#「ハムレット」に傍点]見物に桟敷を共にしたあの若い女が、片側の礼拝所にひざまずいていた。彼女は祈祷に我れを忘れて、彼の姿に気づかなかった。悲しい切ない表情をしていた。彼はそれに心打たれた。なんとか言葉をかけたかった。少なくとも挨拶《あいさつ》だけなりとしたかった。しかしコリーヌは彼を急《せ》きたてて引っ張っていった。
二人はやがて別れた。ドイツの習慣として開演の時間が早いので、彼女はその準備をしなければならなかった。彼は家に帰った。するとほとんどすぐに、使の者がコリーヌの手紙をもって来た。
[#ここから2字下げ]
ありがたい。ゼザベルが病気。芝居お休み。稽古《けいこ》おやめ。……ねえ、いらっしゃい。いっしょに御飯を食べましょう。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]親しいコリネットより
[#ここから2字下げ]
それから、音楽をたくさんもってきてちょうだい!
[#ここで字下げ終わり]
彼はちょっと意味がわからなかった。ようやくわかると、コリーヌと同様にうれしかった。そしてすぐ旅館へ出かけた。仲間の者が皆いっしょに食事をしてやすまいかと気づかわれた。しかしだれの姿も見えなかった。コリーヌまでもいなかった。でもやがて、彼女の騒々しい快活な声が、奥の方に聞こえた。彼は彼女を捜し始めた。料理場でようやく見つかった。彼女は手製の料理を、非常な匂《にお》いが近所にあふれて石をも眼覚《めざ》めさすほどの南欧式な料理を、一|皿《さら》こしらえようと考えたのだった。彼女は旅館のでっぷり太った主婦と仲がよかった。そして二人でいっしょに、ドイツ語ともフランス語とも黒人語ともつかない、なんとも言いようのないたいへんな言葉をしゃべりちらしていた。たがいに料理の味をみながら大笑いをしていた。クリストフがやって来たので、なお騒ぎが募った。彼女らは彼を追い出そうとした。しかし彼は逆《さから》って、その有名な料理を味わうことができた。彼はちょっと顔をしかめた。そ
前へ
次へ
全132ページ中53ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング