するよりは、少数のりっぱな人々に愛せられ理解される方が、はるかにましでりっぱではないか。……傲慢《ごうまん》と光栄の欲求との悪魔から、僕はもう引きずり回されはしないぞ。その点は安心したまえ!」
「そうだとも。」とマンハイムは言った。
 しかし彼はこう考えていた。
「一時間もたったらこの男は反対のことを言うだろう。」
 彼は平然と結論した。
「で僕が、ワグナー協会との間を万事調停してやろうじゃないか。」
 クリストフは両腕を上げた。
「そんなことだから、僕は一時間も骨折って、喉《のど》をからしながらいけないと叫んでるんじゃないか!……断わっておくが、僕はもう決してあんな所へ足を踏み入れはしない。いっしょに鳴くためにたがいに寄り集まりたがってる、あのワグナー協会の奴らが、あの組合主義の奴らが、あの羊小屋の奴らが、残らず厭でたまらないんだ。あの羊どもに向かって、僕の代わりに言ってくれたまえ、僕は狼《おおかみ》だと、僕には歯があると、僕は草を食うようにできてる人間じゃないと!」
「よし、よし、言ってやろう。」とマンハイムは言いながら、その昼芝居を面白がって立ち去っていった。彼はこう考えていた。
「この男は狂人だ、縛っておくべき狂人だ……。」
 彼はすぐにその対談を妹に語った。妹は肩をそびやかして、そして言った。
「狂人ですって? あの人は狂人だと思わせたがってるのよ。……お馬鹿さんで、おかしなほど傲慢《ごうまん》な人ですわ……。」

 かかる間にもクリストフは、ワルトハウスの雑誌上で、激しい戦いをつづけていた。それも戦いが面白いからではなかった。批評界全体が彼を非難し、彼の方ではすべてを罵倒《ばとう》し去ろうとしていた。彼は口をつぐむように仕向けられるのでなお頑張《がんば》ったのであって、譲歩の様子を示したくなかったのである。
 ワルトハウスは心配しだした。乱打の最中にあって無難である間は、オリンポスの神のごとき泰然さをもって激戦をながめていた。しかし数週以前から、どの新聞もいっせいに、ワルトハウスの侵すべからざる品位を忘れたかのようだった。そして彼の作者としての自尊心を攻撃し始めた。彼がもしいっそう慧敏《けいびん》であったなら、それらの攻撃の異常な邪悪さのうちに、友人の爪先《つまさき》を認め得たはずである。実際それらの攻撃が起こったのは、エーレンフェルトやゴールデンリンクの陰険な煽動《せんどう》によるのであった。クリストフの筆戦をよさせようと彼に決心させるためには、これ以外に策はないと彼らは見て取ったのである。そして彼らの見解は至当だった。ワルトハウスはただちに、クリストフには困ると公言し始めた。そしてクリストフを支持することをやめた。それ以来雑誌の同人らは皆、クリストフを黙らせようと工夫した。しかし試みに、餌食《えじき》を食いかけてる犬に口輪をはめてみるがいい! 人々が彼に言う言葉は皆、彼をますます刺激するばかりだった。彼は皆を卑怯《ひきょう》者だとし、すべてを――言わなければならないことすべてを、言ってのけると断言した。同人らが自分を追い払うつもりなら、それは彼らの自由だ。彼らも他人と同様に卑劣であることが、町じゅうに知れるばかりだ。しかし自分は、決して自分の方から出て行くことはしない。
 同人らは困却して顔を見合わせながら、マンハイムがこの狂人を連れて来てとんだ厄介を背負い込ましたことを、苦々しく非難した。マンハイムは相変わらず笑いながら、クリストフを制しようと努めた。次の論説からは、クリストフに手加減をさせてみせると誓った。一同はそれを信じなかった。しかしマンハイムがいたずらに高言を払ったのでないことは、事実が証明してくれた。クリストフの次の論説は、礼譲の模範とは言い得ないにしろ、もはやだれにたいしてもなんら無礼な語句を含んではいなかった。マンハイムの手段はきわめて簡単だったのである。一同はなぜもっと早くそれを思い付かなかったかと、あとでみずから驚いたのだった。クリストフは雑誌に書いた自分の文章を、かつて読み返したことがなかった。自分の論説の校正を読むのでさえ、大急ぎでいい加減に目を通すだけだった。アドルフ・マイはこのことについて、刺《とげ》を含んだ穏やかな注意を一度ならず与えたことがあった。一字の誤植も雑誌の名誉を傷つけると言っていた。ところがクリストフは、批評をほんとうの芸術だとは見なしていなかったので、悪評を受ける相手は誤植があっても十分論旨を理解するだろうと、いつも答えていた。マンハイムはこの間の事情を利用したのである。彼はクリストフの意見が正当であると言い、校正のことは校正係の仕事であると言って、自分がその役目を引き受けようと言い出した。クリストフは感謝のあまり恐縮した。しかし一同は口をそろえて、この処置は雑誌にと
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