って時間をはぶくことになるので、結局皆のためになるのだと確言した。それでクリストフは校正をマンハイムに任して、よく直してくれと頼んだ。マンハイムはその頼みにそむかなかった。それは彼にとって一つの遊戯であった。最初は用心して、ただある語法を和らげたり、露骨な形容をところどころ削ったりした。そしてうまくいったのに力を得て、やり方を次第に進めていった。文句や意味を変え始めた。その仕事に彼は真の手腕を示した。文句の大体と独特の筆癖とを保存しながら、クリストフが言おうと思ったところとちょうど反対のことを言わせるのが、その全部の技巧であった。マンハイムはクリストフの論説を変形させるために、自分で論説を書く以上に骨折った。彼は一生のうちにこれほど努力したことはなかった。しかし結果はいかにも愉快だった。これまでクリストフから嘲弄《ちょうろう》され通しであったある音楽家らは、彼が次第に穏和になってついには賛辞を呈するのを見ては、呆気《あっけ》に取られてしまった。雑誌では大喜びだった。マンハイムは刻苦精励の余りに成った原稿を皆に読んできかした。一同はどっと笑った。エーレンフェルトやゴールデンリンクは時々マンハイムに言った。
「気をつけたまえ。あまりやりすぎるぜ。」
「なに大丈夫だ。」とマンハイムは答えた。
そして彼はますますやりつづけていた。
クリストフは何にも気づかなかった。彼は雑誌社へやって来、原稿を渡すと、もう少しも気に止めなかった。時とすると、マンハイムをわきに呼ぶこともあった。
「こんどは、あの馬鹿者どもをほんとうにやっつけてやった。少し読んでみたまえ……。」
マンハイムは読んでみた。
「どうだい、君の考えは?」
「猛烈だね。君、余すところはないよ。」
「あいつらはなんと言うだろうかね?」
「そりゃあ大騒ぎだろうよ。」
しかし大騒ぎは少しも起こらなかった。それどころかクリストフの周囲では、輝いた顔ばかりが見られた。彼がやっつけた人々は、往来で彼に挨拶《あいさつ》をした。ある時彼は顔をしかめた気懸《きがか》りな様子で、雑誌社にやって来た。そしてテーブルの上に一枚の訪問名刺を投げ出しながら尋ねた。
「これはいったいなんのことだ?」
それは彼が罵倒《ばとう》したばかりの一音楽家の名刺で、「感謝に堪えず候[#「感謝に堪えず候」に傍点]」と書き入れてあった。
マンハイムは笑いながら答えた。
「皮肉のつもりだね。」
クリストフは安堵《あんど》した。
「ああ!」と彼は言った、「僕の論説があいつの気に入ったんじゃないかと心配していた。」
「あいつは怒《おこ》ってるんだよ、」とエーレンフェルトが言った、「しかしその様子を見せたくないんだ。偉《えら》そうなふうをして嘲《あざけ》っているんだ。」
「嘲ってる?……馬鹿め!」とクリストフはまた激昂《げっこう》して言った。「も一度書いてやる。笑ってる奴《やつ》が笑われるんだ!」
「いや、そうじゃない。」とワルトハウスは心配そうに言った。「僕はあいつが嘲ってるんだとは思わない。それは謙譲の心でやったことだ。あいつは善良なキリスト教徒だ。一方の頬《ほお》を打たれたから、片方の頬をも差し出したんだ。」
「なお結構だ。」とクリストフは言った。「卑怯《ひきょう》者めが! 臀《しり》をなぐられたけりゃなぐってやる。」
ワルトハウスは少しなだめようとした。しかし他の者は皆笑っていた。
「うっちゃっとけよ……。」とマンハイムは言った。
「結局のところ……」とワルトハウスはにわかに心丈夫になって言った、「五十歩百歩だ!……」
クリストフは帰っていった。同人らは狂気のように笑い踊った。それが少し静まると、ワルトハウスはマンハイムに言った。
「それにしても、危ないところだった。……ほんとに気をつけてくれよ。君のおかげで皆がとんだ目に会うかもしれないから。」
「なあに!」とマンハイムは言った。「それにはまだ間があるよ。それにまた、僕はあの男に味方をこしらえてやってるんだからね。」
[#改ページ]
二 埋没
ドイツの芸術を改革せんがために、クリストフが右のような経験を積んでる時、一団のフランス俳優がこの町を通りかかった。それはむしろ一群という方が適当であって、例のとおり、どこから狩り集めて来られたかわからない怪しい者らや、ただ役をふってさえもらえればどんな待遇をも喜んでいる無名の青年俳優らなどの、寄り集まりであった。皆いっしょにかたまって、一人の名高い老女優の馬車に付随していた。この老女優は、ドイツ内を巡業して歩いて、その道すがらこの小都市に立ち寄り、三回の興行を催したのだった。
ワルトハウスの雑誌では、そのことで大騒ぎをした。マンハイムとその友人らは、パリーの文学的および社交的方面に通暁《つうぎょう
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