いえ! いやです……。」
 彼はいかに彼女へ理屈を説いても無駄《むだ》だったので、夜になったら彼女の考え方も変わるかもしれないと思って、そのまま座を立った。しかし翌日食卓でまたいっしょになると、彼は少しの思いやりもなくまた計画のことを言い始めた。彼女は唇《くちびる》にあてた一口のパンをとり落して、悲しい非難の調子で言った。
「では私を苦しめたいんだね。」
 彼は心を動かされたが、それでも言った。
「お母さん、必要なことなんです。」
「いいえ、いいえ、」と彼女はくり返し言った、「そんな必要があるものですか……。私に心配をかけるためにです……まるで狂気の沙汰《さた》です……。」
 二人はたがいに説服しようとした。しかしたがいに相手の言葉を耳に入れなかった。彼は議論の無駄なことを悟った。議論はたがいにますます苦しめ合うのに役だつばかりだった。そして彼は頑《がん》として、出発の準備を始めた。
 ルイザは、いかに願っても彼を引き止めることができないのを見て取ると、陰鬱《いんうつ》な悲嘆のうちに沈み込んだ。終日室の中に閉じこもって、晩になっても燈火もつけなかった。もう口もきかず食事もしなかった。夜にはその泣き声が聞こえた。彼は身を切られるような思いをした。悔恨の情にとらえられて、夜通し眠れないで輾転《てんてん》しながら、床の中で苦しい声をたてた。それほど彼は母を愛していたのだ! なんのために彼女を苦しめなければならなかったのか?……ああ、苦しむのは彼女一人ではないだろう。彼にはそれがよくわかっていた……。なんのために運命は、愛する人々を苦しめるような使命をも果たさんとする欲求と力とを、彼のうちに置いたのであるか?
「ああ、もし私が自由であったら、」と彼は考えた、「もし私が、自分のなるべきものになろうとする、あるいはなれなかったら自分にたいする恥と嫌悪《けんお》とのうちに死のうとする、この残忍な力に縛られていなかったら、愛するあなたがたをいかに幸福ならしむることができることでしょう! けれどまず、私を生き活動し戦い苦しましてください。そしたら私はいっそうの愛をもっておそばにもどって来るでしょう。どんなにか私は、愛し、愛し、愛することだけをしたいんです!……。」
 母の絶望的な魂の不断の非難が、もし黙っているだけの力をもっていたならば、彼は決してそれに対抗することができなかったろう
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