かに兄へ向かって、「冗談もいい加減にしてください」と頼んだ。しかし彼女はクリストフがまたやって来るようにと種々仕向けた。だれに聞いてもわからないある音楽上の質疑を解いてくれという口実で、彼に手紙を書いた。そして手紙の終わりに、彼があまりやって来ないことや彼に会うのを楽しみとしてることなどを、親しげにそれとなく匂《にお》わした。クリストフは返事を書き、質疑に答え、多忙なことを告げ、そして姿を見せなかった。二人は時々芝居で出会うことがあった。クリストフは執拗《しつよう》に、マンハイム家の桟敷《さじき》から眼をそらした。そして最もあでやかな笑顔を彼に見せようとしてるユーディットに、気づかないふうを装《よそお》った。彼女は固執しなかった。そして彼に愛着してはいなかったので、この少壮芸術家からまったく無駄《むだ》な骨折りをさせられたことを、不都合だと考えた。彼はまた来たくなったら来るだろう。来たくなかったら――なあに、そんな者は来なくても構わない……。
 彼が来なくてもよかった。実際彼がいなくても、マンハイム家の夜会には大きな穴があかなかった。しかしユーディットは、心にもなくクリストフに恨みをいだいた。彼がそばにいる時には、彼女は彼を気にかけなくてもそれを当然だと思っていた。そして彼がそれを不快に思ってる様子を示しても、許してやっていた。しかしその不快の念があらゆる関係を破るまでに進んだことは、馬鹿げた傲慢《ごうまん》心と恋心よりもいっそう利己的な心とのゆえだと、彼女には思われた。――ユーディットは自分と同じ欠点を他人がもっている場合には、その欠点を許容しなかった。
 それでも彼女は、クリストフがなすことや書くものをいっそうの注意で見守《みまも》った。様子にはそれと見せずに、好んで兄にその話をさした。クリストフとともに過ごした一日じゅうの会話を、兄に語らした。その話の合い間に、皮肉な意見をはさんで、一つの滑稽《こっけい》な点をも容赦せずに取り上げ、かくて次第に、クリストフにたいするフランツの感激をさましていった。フランツはそれに気づかなかった。

 最初の間、雑誌では万事うまくいった。クリストフはまだ、同人らの凡庸さを洞見《どうけん》していなかった。そして彼らの方は、クリストフが仲間であるから、その天才を認めていた。彼を見出したマンハイムは、彼の書いたものを何一つ読んだことも
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