女に望みをかけていた。そして魅力はつづいた。彼は彼女を公平に判断することはできなかった。彼女の有する美点はすべて、彼女にのみ属するもののように、彼女の全体であるように、彼には思われた。彼女の有する卑俗な点はすべて、彼女のユダヤとドイツとの二重な民族に、彼は帰せしめていた。そしておそらく彼は、ユダヤ民族よりもドイツ民族の方にいっそう多く、その恨みをいだいていたに違いない。なぜならドイツ民族にたいしていっそう多くそれを苦しまねばならなかったから。彼はまだ他のいかなる国民をも知らなかったので、ドイツ精神は彼にとって一種の替罪羊《みがわりひつじ》であった。彼はそれに世界のあらゆる罪を負わしていた。ユーディットが彼に与えた失望の念は、彼にとっては、ますますドイツ精神を攻撃する理由となった。かかるりっぱな魂の自由な勢いをくじいたことを、彼はドイツ精神に許せなかった。
 そういうのが、イスラエル民族と彼との最初の邂逅《かいこう》であった。他の民族と乖離《かいり》してるこの強健な民族のうちに、彼はおのれの戦いの味方を見出し得ることと思っていた。ところがその望みを彼は失った。この民族は人から聞いたところよりずっと弱いものであり、外部の影響にずっと染《し》みやすい――あまりに染みやすい――ものであるということを、いつも極端から極端へ彼を走らせる熱烈な直覚力の変易性によって、すぐに思い込んでしまった。この民族は本来の弱さと、その途上に積もっていた世界のあらゆる弱さとを、皆になっているのだった。クリストフがおのれの芸術の槓桿《こうかん》をすえるべき支点を見出し得るのは、まだここでではなかった。否彼はこの民族とともに、砂漠《さばく》の砂の中に埋没しかかったのである。
 彼はその危険を見て取り、またその危険を冒すだけの自信を感じなかったので、マンハイム家を訪れるのをにわかにやめた。幾度も招かれたが、理由も述べずに断わった。彼はその時までいつも熱心に来たがってばかりいたので、かく急激な変化は人目についた。人々はそれを彼の「風変わりな性質」のゆえだとした。しかしマンハイム家の三人は一人として、ユーディットの美しい眼がそれに関係あることを疑わなかった。そしてこのことは、食卓でロタールとフランツとの揶揄《からかい》の種となった。ユーディットは肩をそびやかしながら、見事な征服でしょうと言った。そして冷や
前へ 次へ
全264ページ中63ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング