た。しかし彼はそれに興味を覚えてるのだった。そしてザビーネが化粧に費やしたのと同じだけの時間を、彼女をながめて空費するようになった。彼女は決して嬌飾家《めかしや》ではなかった。平素はむしろ構わない方だった。アマリアやローザほどにも、自分の服装《みなり》に細かな注意を払ってはいなかった。お化粧台の前にいつまでもじっとしていたのも、単なる怠惰からであった。留針を一本さすにも、そのあとで大儀そうな顰《しか》め顔をちょっと鏡に映しながら、その大した努力の骨休めをしなければならなかった。日暮れになりかけても、まだすっかり身仕舞を済ましていなかった。
 ザビーネの仕度《したく》がととのわないうちに、小婢《こおんな》が帰ってしまうこともたびたびだった。すると客は、店の入口の鈴《ベル》を鳴らした。一、二度鈴を鳴らさせ呼ばせておいてから、彼女はようやく椅子《いす》から立上る決心をするのだった。そして笑顔をしながら、ゆっくり出て来た――ゆっくり、客の求むる品物を捜した――そして少し捜しても見付からない時には、あるいは(実際あったことだが)それを取出すのにあまり骨の折れる時には、たとえば室の隅《すみ》から他
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