彼は胸騒ぎのために息がはずんでいた。道路まで行きつくと、息をするために立止った。娘は向うで、叫び声をきいてやって来たも一人の娘と話をしていた。そして二人は腰に拳《こぶし》をあてて、大笑いをしながら彼の方をながめていた。
 彼は家に帰った。数日間、身動きもしないで、室に閉じこもった。やむを得ない場合の外は、町へも出かけなかった。町の入口を通る機会を、野へ踏み出す機会を、びくびくして避けていた。暴風雨の前の静けさの最中に起る一陣の風のように、彼の上に吹きおろしてきたあの狂乱の息吹《いぶ》きを、そこでまた見出しはすまいかと恐れた。町の廓壁《かくへき》は自分をそれから守ってくれるだろうと、彼は思っていた。しかし、閉《し》め切った雨戸の間の眼に留らないほどの隙間《すきま》が、視線を通し得るくらいの隙間があれば、敵は忍び込んでくることができるということを、彼は考えていなかった。
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     二 ザビーネ


 中庭の向こう側、家の片翼の一階に、二十歳の若い女が住んでいた。ザビーネ・フレーリッヒという名前で、数か月前から寡婦になり、一人の小さな娘をもっていたが、やはりオイレル老人の借
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