差出すくらいの時間――に起こったので、これだと考える隙《ひま》もないうちに幻影は過ぎ去ってしまった。そして彼はあとで、夢をみたのではないかとみずから訝《いぶか》った。闇夜を光被する燃えたつ流星のあとに、通っても見分けがたいほどの、光った塵埃《じんあい》が、ほのかな細かい光りが、やって来たようなものであった。しかしそれはますます頻繁《ひんぱん》に現われてきた。ついにはクリストフを、不断の淡い夢のような光輪で取り巻いて、そこに彼の精神を溶かし込んでしまった。その半ば幻覚の状態から彼の心を転じさせるようなものは、すべて彼を苛立《いらだ》たせた。仕事の不可能、それをも彼はもう考えなかった。あらゆる人との交わりにたいして、彼は嫌悪《けんお》の念をいだいた。そして最も親密な人々との交わりにたいして、母との交わりにさえたいして、さらにはなはだしかった。なぜならそういう人々は、彼の魂に関与する権利をことに多く持ってると自認していたから。
 彼は家居を避け、終日外で過す習慣がつき、夜になってしか帰って来なかった。彼は野の静寂を求めて、そこで狂乱者のように飽くまでも自分の固定観念の纏綿《てんめん》に身を任
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