引き絞り――人に知られぬいかなる標的へ向ってか?――次にはそれを一片の枯木のように投げ捨てようとしていた。何者の餌食《えじき》と彼はなっていたのか。それらのことを彼は考究する勇気がなかった。彼は打ち負かされ恥ずかしめられたのを感じたが、自分の敗亡を正視するのを避けた。彼は疲れておりまた卑怯《ひきょう》であった。昔彼が軽蔑《けいべつ》していた人々、自分に快くない真実を見ることを欲しない人々、彼らを彼は今になって理解した。空費してる時間、投げ出してる仕事、駄目《だめ》になってる未来、そういうことをこの虚無の間にふと思い起こすと、恐ろしくて慄然《りつぜん》とした。しかし少しも反抗しなかった。彼の卑怯《ひきょう》な態度は、虚無の自棄的な肯定のうちに弁解を見出していた。水の流れに浮ぶ漂流物のように虚無のうちに身を任せることに、彼は苦《にが》い快楽を味わっていた。たたかってもなんの役にたとう? 美も善も神も生命も、いかなる種類の存在も、何もなかった。歩いていると往来の中で、にわかに地面がなくなった。土地も空気も光も彼自身も、もはやなかった。何物もなかった。頭に引きずられて前のめりになった。転倒する
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