たとえば、官邸へ行ってる晩だの、公衆の前で演奏してる時だのに。何か渋面をしたり、途方もないことを言ったり、大公爵の鼻を引っ張ったり、あるいは貴婦人の尻《しり》を蹴《け》ったり、そんなことを突然したくてたまらなくなった。ある晩なんかは、管弦楽を指揮しながら、公衆の前で裸体になりたい妄念《もうねん》とたたかいつづけたこともあった。その考えをしりぞけようとつとめる片側から、その考えにまた襲われた。それに負けないためには全力を尽さなければならなかった。その馬鹿げた争いを済ますと、汗にまみれ、頭が空《から》っぽになっていた。まったく狂気になっていた。ある一事をしてはいけないと考えただけで、もうその一事が、固定観念のような激しい執拗《しつよう》さでのしかかってきた。
かくて、狂わんばかりの力と空虚の中への墜落との連続のうちに、彼の生活は過ぎていった。砂漠《さばく》中の狂風だった。その風はどこから来たのか。その狂妄はなんであったか。彼の四|肢《し》と頭脳とをねじ曲げるそれらの欲望は、いかなる深淵《しんえん》から出て来たのか。狂暴な手で引き絞られた弓にも彼は似ていたが、しかもその手はこわれるまで弓を
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