没していった。クリストフはその光景を、自分に無関係なことのようにながめた。すべての物が、またすべての人が――そして彼自身も――彼には見知らぬもののようになっていた。彼はやはり仕事に出かけ務めを果したが、それも自働人形的だった。生命の機関がたえず今にも止るかと思われた。車輪の動きが狂っていた。母や家主一家の者といっしょに食卓についてる時にも、楽員らと聴衆との間で管弦楽団の席についてる時にも、突然彼の脳の中に空虚がうがたれた。彼は惘然《ぼうぜん》として、あたりの渋め顔をながめた。そして訳がわからなかった。彼はみずから尋ねた。
「どんな関係があるのか、この人たちと……?」
 彼はあえて言い得なかった、「私との間に?」とは。
 彼はもはや自分が存在してるかどうかも知らなかったのである。口をきくと、自分の声は別の身体から出てるように思われた。身体を動かすと、その自分の身振りを見るのは、遠くから、高くから――塔の頂からであった。彼は昏迷《こんめい》した様子で額に手を当てた。とんでもないことをしでかしそうだった。
 最も人目の多い時に、いっそう自制しなければならない時に、ことにそんなことが起こった。
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