たいして、クリストフは他人よりもいっそう敏感なるべきはずではなかったろうか?
 しかしクリストフは彼女のことを想《おも》ってはいなかった。彼は彼女を尊重してはいたが、しかし彼女は彼の頭の中になんらの地位をも占めていなかった。彼はそのころ、他の多くのことで頭を満たしていた。クリストフはもはや単なるクリストフではなかった。彼はもはや自分自身がわからなかった。恐るべき働きが彼のうちになされつつあって、彼の存在の根柢までもくつがえしかけていた。

 クリストフは極度の倦怠《けんたい》と不安とを感じていた。訳もないのに気がくじけ、頭が重く、耳や目やすべての感覚が、酔ったようになってがんがん響いた。何物にも精神を集注することができなかった。精神はそれからそれへと飛び回って、疲憊《ひはい》しつくさんとする焦燥のうちに漂っていた。たえず形象が眼にちらついて、眩暈《めまい》がしていた。彼は初めそれを、過度の疲労と春の日の憔悴《しょうすい》とのせいにした。しかし春が過ぎても、不快は募るばかりだった。
 それは、優雅な手でばかり事物に触れることをする詩人らが、青春期の不安、若い天使の悶《もだ》え、年少の肉と
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