かった。二人が顔を合せる時、今日はとか今晩はとかいう親しい言葉を、彼が親切にかけてやりさえしたら、ローザはどんなにか幸福に思ったろう。しかしクリストフの眼つきは、平素からいかにもきびしく冷やかだった。彼女はそれにぞっとした。彼は彼女に何にも不愉快なことさえ言わなかった。彼女はそういう残忍な沈黙よりも、叱責《しっせき》の方をまだ好んだであろう。
夕方、クリストフはピアノについて演奏した。なるべく物音に煩わされないように、家の一番上の狭い屋根裏の室にこもっていた。ローザは下から、それを聴《き》いて感動した。彼女は少しも教養のない粗悪な趣味をもってはいたが、音楽を好んでいた。彼女は母がそばにいる間は、室の片隅にとどまって、仕事の上にかがみ込み、それに夢中になってるらしかった。しかし彼女の魂は、上から響いてくる音律に引きつけられていた。幸いにも、アマリアが近所に用があって出かけると、ローザはすぐに飛び上り、仕事を投げすて、心を踊らせながら、屋根室の入口まで上っていった。息を凝らして、扉《とびら》に耳をあてがった。そのままじっとしていたが、ついにアマリアがもどってきた。彼女は音をたてまいと用心
前へ
次へ
全295ページ中63ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング