しながら、爪先《つまさき》立って降りていった。しかしきわめて無器用だったし、いつも急いでいたので、階段から転げ落ちそうになることがたびたびだった。それからある時は、身体を前方につき出し、頬《ほお》を錠前にくっつけて、耳を傾けていると、平均を取り失って、額を扉にぶっつけた。彼女は非常にあわてて息を切らした。ピアノの音はぴたりと止った。彼女は逃げ出すだけの力もなかった。ようやく立上ると、扉が開《あ》いた。クリストフは彼女の姿を見、怒気を含んだ一|瞥《べつ》を投げて、それから、なんとも言わずに荒々しくそばを離れ、怒って降りてゆき、外に飛び出した。食事の時になってもどって来たが、許しを願ってる彼女の悲しい眼つきにはなんらの注意も払わず、あたかも彼女がそこにいないかのようなふうをした。そして数週間、彼はまったく演奏をやめた。ローザは人知れずしきりに涙を流した。だれもそれに気づかなかった。だれも彼女に注意を向けていなかった。彼女は熱心に神に祈った。……なんのために? それは彼女にもよくわからなかった。ただ自分の悲しみをうち明けたかった。彼女はクリストフにきらわれてると信じていた。それでもやはり、彼
前へ 次へ
全295ページ中64ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング