われると、耳を貸しもしないで他のことを話した。彼は音楽が大好きであるとみずから言い、クリストフに演奏を頼んだ。しかしクリストフが、一、二度その願いをいれてひき始めると、老人は娘を相手に声高く話し出した。あたかも音楽は、音楽以外のものにたいする彼の興味を募らしてるがようだった。クリストフは嚇《かっ》として、曲の半ばで立ち上った。だれもそれを気にかけなかった。ただある古い曲調――三、四の――あるものはきわめて麗わしく、あるものはきわめて醜劣であったが、いずれも皆等しく定評のある曲調、それだけがとくに、比較的沈黙を受け、絶対に喝采《かっさい》を受けた。初めの音律からもう老人は、恍惚《こうこつ》となり、眼に涙を浮かべた。それは現在味わってる愉悦よりもむしろ、昔味わった愉悦のためであった。それらの曲調のあるもの、たとえばベートーヴェンのアデライド[#「アデライド」に傍点]のごときは、クリストフにとっても親愛なものではあったが、彼はついにそれらを忌みきらうようになった。老人はよくそれらの最初の小節を低吟して、「これこそ音楽だ」と断言し、「旋律《メロディー》のない近代の安音楽」との軽蔑《けいべつ》的
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