ために死んでも惜しくないような気がした。愛する魂はその愛のうちに、いかにおかしなしかも痛切な欺瞞《ぎまん》をもちきたすことであるか! 恋人にありがちな幻は、クリストフのうちにあっては、あらゆる芸術家に固有な幻想力によってさらに強調されていた。アーダの一つの微笑も、彼にとっては深い意義をもっていた。やさしい一言も、その心の善良さの証拠であった。彼は宇宙にあるあらゆるみごとなものを、彼女のうちにおいて愛していた。彼は彼女を、おのれの自我、おのれの魂、おのれの存在、と呼んでいた。二人はいっしょに愛情のあまり涙を流した。
二人を結びつけてるものは、ただ快楽ばかりではなかった。追想と夢想との得も言えぬ詩趣であった。がその追想と夢想とは、彼ら二人のものだったろうか、あるいはまた、彼ら以前に愛していた人々、彼ら以前に……彼らのうちに……存在していた人々、そういう人たちのものだったろうか?……二人はたがいにそれと言わずに、おそらくはそれと知らずに、心のうちにいだいていた、林の中で出会った最初の瞬間の幻影を、いっしょに過した最初の日々と夜々との幻影を、たがいに腕のなかにいだかれ合い、身動きせず、考えも
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