が。」と彼女は彼の問いに少し困って言った。
彼は彼女がそう何度もおそくなった理由を尋ね得なかった。
「なんと言うつもりだい?」
「お母さんが病気だとか、死んだとか……なんだっていいわ。」
彼女にそう無造作《むぞうさ》に言われたので、彼は嫌《いや》な心地がした。
「嘘《うそ》をつくのはいけない。」
彼女はむっとした。
「私は嘘は言いません……それにしたって、言えやしません……。」
彼は半ば冗談に半ば真面目《まじめ》に尋ねた。
「なぜ言えないんだい?」
彼女は笑った。そして肩をそびやかしながら言った、彼は粗野で無作法だとか、もうお前なんて言葉つきをしないように頼んでおいたのにとか。
「僕にはその権利がないのかい?」
「ちっともありません。」
「あんなことがあったあとでも?」
「何にもあったんじゃありません。」
彼女は笑いながら、軽侮の様子で彼を見つめた。そして、もとよりそれは冗談ではあったが、最もひどいことには、真面目《まじめ》にそう言いほとんどそう信じることも、彼女にはたいして骨の折れることではないに違いなかった。――(彼はそれを感じた。)しかし彼女はきっと愉快な思い出にはし
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