した、「八時だよ。」
彼女はなお眼を閉じたまま、不機嫌《ふきげん》そうに眉《まゆ》と口とを渋めた。
「眠らしてちょうだいよ。」と彼女は言った。
そして彼の腕から身を離し、疲れはてた溜息《ためいき》を漏らしながら、彼に背を向け、向う向いたまままた眠った。
彼は彼女の傍《かたわ》らに寝ていた。同じあたたかさが二人の身体を流れていた。彼は夢想にふけり始めた。血潮は穏かな大きい波をなして流れていた。清朗な感覚は微妙な清新さでごくわずかな印象をも感じていた。彼は自分の力と青春とを楽しんだ。男子たるの誇りを感じた。自分の幸福に微笑《ほほえ》んだ。そして自分の孤独を感じた、いつものとおりの孤独を、おそらくはなおいっそうの孤独を。しかしなんらの悲哀もなく、崇高な寂寥《せきりょう》の孤独だった。もはや熱気もなかった。もはや陰影もなかった。自然は彼の朗らかな魂のうちに自由に反映していた。仰向けに横たわり、窓に面し、輝く霧を含んだまぶしい空気の中に眼をおぼらして、彼は微笑んだ。
「生きることはなんといいことだろう!……」
生きる!……一|艘《そう》の小舟が通った。……彼は突然、もう生きていない人たち
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