彼をながめた。――しかしもう時遅れだった。彼女は笑いだした。先刻彼女のうちにいた小さな悪魔は、もういなくなっていた。彼女はほかのがも一匹やって来るのを待ちながら、無関心な眼でクリストフをながめていた。それにまた、彼女は腹がすいていた。胃袋の加減で、夕飯時なのを思い出していた。飲食店で連れの者たちといっしょになろうと急いでいた。彼女はクリストフの腕をとらえ、力いっぱいにもたれかかり、しきりに吐息をつき、疲れ果てたと言った。それでもやはり、狂人のように叫んだり笑ったり駆けたりしながら、クリストフを引張って坂道を降りていった。
二人は話しだした。彼女は彼がどういう者であるか知った。しかし彼女は彼の名前を知っていなかった。そして彼の音楽家たる肩書にたいして敬意を払わないらしかった。彼の方でも彼女のことを知った。カイゼル街(町の最もりっぱな通り)のある化粧品商の店員で、名前はアーデルハイト――友だち仲間ではアーダ、であった。その散歩の仲間は、同じ商店に働いてる朋輩《ほうばい》の一人と、二人のりっぱな青年だった。青年の一人はヴァイレル銀行員で、も一人はある大きな流行品商の事務員だった。彼らは日曜
前へ
次へ
全295ページ中194ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング