憤った。その考えは彼の望みに従おうとつとめ、故人の面影を固定させようとつとめた。しかし飽き疲れうっとりしてまた力を失い、安堵《あんど》の溜息《ためいき》をつきながら、種々の感覚の怠惰な波動にふたたび身を任すのであった。
彼は自分の遅鈍な気分を振いたたした。ザビーネを求めて田舎《いなか》を歩き回った。その笑顔が宿ったことのある鏡の中に彼女を求めた。その手が水に浸ったことのある川縁に彼女を求めた。しかし鏡も水も、彼自身の反映をしかもたらさなかった。歩行の刺激、新鮮な空気、脈打つ強健な血潮、それらは彼のうちに音楽を呼び覚《さま》した。彼は自分を欺こうとした。
「ああザビーネ!……」と彼は嘆いた。
彼はそれらの歌を彼女にささげた。自分の愛と苦しみとを、頭のうちに蘇《よみがえ》らせようと企てた。……しかしいかにしても甲斐《かい》がなかった。愛と苦しみとはよく蘇った。しかし憐《あわ》れなザビーネはそれにかかわりをもっていなかった。愛と苦しみとは未来の方をながめていて、過去の方をながめてはいなかった。クリストフはおのれの青春にたいしてはなんらの手向いもできなかった。活気は新たな激しさをもって彼の
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