にいると感ずるのは、一人きりの時だった。とくに、彼女の思い出に満ちたその土地のまん中の、人目の遠い、丘の上の、その隠れ場所にいる時くらい、彼女をすぐそばに感ずることはなかった。彼は数里の道を歩いてやって来、あたかもある密会へおもむくかのように胸をどきつかせながらそこへ駆け上った。それは実際一つの密会だった。そこへ着くと、彼は地面に――彼女[#「彼女」に傍点]の身体が横たわってるその同じ地面に――身を横たえた。彼は眼をつぶった。彼女が彼のうちに沁《し》み込んできた。彼は彼女の顔だちを見なかった、声を聞かなかった。がその必要はなかった。彼女は彼のうちにはいり込み、彼女は彼をとらえ、彼は彼女を自分のものにした。そういう熱烈な幻覚状態のうちにあっては、彼は彼女といっしょにいるということ以外には、もう何事も意識しなかった。
 その状態は長くはつづかなかった。――実を言えば、彼がまったく真実だったのはただ一回だけだった。翌日からは、早くも意志が加わった。そしてそれ以来、クリストフはその状態を復活させようといたずらにつとめた。その時になって彼は初めて、ザビーネのはっきりした姿を心に描き出そうと考えた
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