農家の門口で、壁をとり巻いてる凹路《くぼみち》の影で、彼女を待ち受けた。そして彼女が通るのをとらえ、激しく抱きしめた。娘は恐《こわ》がって泣き出した。彼女はもうほとんど彼を忘れていた。彼は尋ねた。
「ここにいるのがいいの?」
「ええ、面白いわ……。」
「帰りたくはない?」
「いやよ!」
彼は放してやった。子供のそういう無関心さが、彼には切なかった。憐《あわ》れなザビーネよ!……でもその子供は、彼女であった、彼女の小部分であった……ごくわずかな小部分! 子供は母親に似ていなかった。彼女の中でしばらく過して来たのではあったが、その神秘な滞在からは、故人のごくかすかな香《かお》りをようやく得てきてるのみだった。声の抑揚、唇《くちびる》のちょっとしたゆがめ方、頭の傾《かし》げ方、などばかりだった。その他の全身は、まったく他人であった。そしてザビーネの存在に交渉のあるこの存在にたいして、クリストフはみずから認めはしなかったが、ある嫌悪《けんお》を感じていた。
クリストフがザビーネの面影を見出したのは、自分自身のうちにだけだった。その面影は至る所へ彼について来た。けれども彼が真に彼女といっしょ
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