。
「何? なんの用です? 構わないでください。」
彼女は出て行かなかった。扉によりかかって躊躇《ちゅうちょ》しながらたたずんでいた。くり返して言った。
「クリストフさん……。」
彼は黙って立上った。そういう所を彼女に見られたのが恥ずかしかった。手で埃《ほこり》を払いながら、きびしい調子で尋ねた。
「いったいなんの用です?」
ローザは気をくじかれて言った。
「御免なさい……クリストフさん……はいって来たのは……もってきてあげたのよ……。」
彼は彼女が手に一品をもってるのを見た。
「これなの。」と彼女は言いながらそれを彼に差出した。「ベルトルトさんに願って、形見の品をもらったのよ。あなたがお喜びなさるだろうと思って……。」
それは小さな銀の鏡であった。あの女《ひと》が幾時間も、おめかしをするというよりもむしろなまけて、顔を映すのを常としていた、懐中鏡であった。クリストフはその鏡を取った、それを差出している手を取った。
「おう、ローザ!……」と彼は言った。
彼はひしと彼女の親切さを感じ、自分の不正さを感じた。情に激した様子で、彼女の前にひざまずき、その手に唇《くちびる》をつけた
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