それと知っていましたか。」
「さあどうですか。でもなんだか……。」
「何か言いましたか。」
「いいえ、何にも。赤ん坊のようにむずがっていらしてよ。」
「あなたはそばにいたんですか。」
「ええ、初めの二日間、兄さんがいらっしゃるまで、一人でついていたの。」
 彼は感謝の念に駆られて彼女の手を握りしめた。
「ありがとう。」
 彼女は血が心臓にこみ上げてくるような気がした。
 ちょっと黙ってた後に、彼は言った、息がつまるような問いをつぶやいた。
「あの女《ひと》は何にも言わなかったんですか……僕にたいして。」
 ローザは悲しげに頭を振った。彼が待ってる返事をしてやることができたら、何を投げ出しても惜しく思わなかったであろう。嘘《うそ》を言うことができないのが心苦しかった。彼女は彼を慰めようとつとめた。
「もう本心を失っていらしたんですもの。」
「口をききましたか。」
「意味がよくわからなかったの。ごく低い声でした。」
「娘さんはどこにいます?」
「兄さんが田舎の家へ連れていったの。」
「そして、あの女[#「あの女」に傍点]は?」
「やはり向うに。前週の月曜日に、ここから発《た》たれたの。」

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