部屋の戸がまた開かれた。ローザは低い声でクリストフを呼び、手さぐりで捜した。彼女は彼の手を取った。彼はその手に触れて反発心を覚えた。みずからそれを心にとがめたが、どうにもできなかった。
ローザは黙っていた。深い同情の念から口をつぐんでいたのである。クリストフは無駄《むだ》口で苦しみを乱されないのを感謝した。けれども彼は知りたかった。……あの女[#「あの女」に傍点]のことを話してくれる者は彼女一人だった。彼は低く尋ねた。
「いつあの女《ひと》は……?」
(死んだか、とは言い得なかった。)
彼女は答えた。
「一週間前の土曜日に。」
一つの思い出が彼の頭を過《よぎ》った。彼は言った。
「夜中ですね。」
ローザはびっくりして彼をながめた。そして言った。
「ええ、夜中よ、二時と三時との間に。」
あの悲しみのメロディーがまた彼に現われた。
彼は震えながら尋ねた。
「たいへん苦しみましたか。」
「いいえ、仕合せと、別にお苦しみなさらなかったの。あんなにお弱かったんですもの。ちっとも逆らいなさらなかったの。すぐに、駄目《だめ》だということがわかったのよ。」
「そしてあの女《ひと》は、前から
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