そして急いで家へはいった。入口で、彼女はも一度彼をながめた――そして姿が消えた。
クリストフはその晩も一度彼女に会おうと考えていた。しかし、フォーゲル一家の者からは監視され、どこへ行くにも母からついて来られ、例によって旅の仕度は遅れがちだし、家から逃げ出せる隙《ひま》は一瞬間もなかった。
翌日、彼はごく早朝に出発した。ザビーネの門口を通ると、中にはいりたくなり、その窓をたたきたかった。彼女に別れるのが非常につらかった、しかも別辞もかわさないで別れるのが――別れを告げる隙《ひま》もないほど早くから、ローザに妨げられたのであった。しかし彼は、彼女は眠ってるだろうと考え、起こしたら恨まれるだろうと考えた。それに、何を言うべき言葉があったろうか? 今となっては、旅をやめるにはあまりに時過ぎていた。そしてもし彼女が止めてくれと願ったら!……とにかく彼は、自分の力を彼女にためしてみることをも――場合によっては彼女に少し心配をかけることをも、あえて辞せないとはみずから認めかねた……。自分の出発のためにザビーネが受ける苦しみを、彼は真面目《まじめ》には考えていなかった。そしてそのわずかな間の不在
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