さなかった。やがて彼女は手を離し、顔をそむけた。彼も胸騒ぎを隠すために横を向いた。それから二人はまた、晴やかな眼で見合った。太陽は沈みかけていた。菫《すみれ》色、橙《だいだい》色、葵《あおい》色、いろんな美妙な色合が、清い寒い空に流れていた。彼女は彼の見慣れた手つきで、寒そうに肩の肩掛を合した。彼は尋ねた。
「身体はどうですか。」
 彼女は答えるに及ばないとでもいうように、ちょっと口をとがらした。二人はうれしそうにじっと見かわしつづけた。たがいに見失っていたのがまためぐり会ったかのようだった……。
 彼はついに沈黙を破って言った。
「明日|発《た》ちます。」
 ザビーネは駭然《がいぜん》とした顔つきになった。
「発つんですって?」と彼女はくり返した。
 彼は急いでつけ加えた。
「なに、たった二、三週間です」
「二、三週間!」と彼女は狼狽《ろうばい》の様子で言った。
 彼は説明した、音楽会に約束したこと、しかしいったん帰って来れば、もう冬じゅうどこへも行かないと。
「冬、」と彼女は言った、「それまでにはまだなかなか……。」
「いいえ、」と彼は言った、「じきに冬になります。」
 彼女は彼の
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