発しようとした。
彼の出発の前日、どうしたのか二人はまた近づいた。皆が教会堂へ行ってる例の日曜の午後であった。クリストフも旅行の仕度を済ますために出かけていた。ザビーネは小さな庭に腰をおろして、夕日に当っていた。クリストフが帰ってきた。彼は急いでいた。初めは、彼女の姿を見ながら、会釈をしたまま通りすぎようとした。しかしその瞬間に、彼は何かに引止められた。それはザビーネの蒼白《あおじろ》い顔色であったか、あるいは、悔恨とか懸念とか情愛とかの、何か言いがたい感情であったか?……とにかく彼は立止って、ザビーネの方をふり向いた。そして庭の垣根《かきね》によりかかって、晩の挨拶《あいさつ》をした。彼女はなんとも答えないで、手を差出した。彼女の笑顔には温良さが満ち充《み》ちていた――彼がかつて彼女に見受けなかったほどの温良さが。彼女の身振には「仲直り……」という意味が見えていた。彼は垣根越しにその手をとらえ、身をかがめてそれに接吻《せっぷん》した。彼女は少しも手を引込めようとはしなかった。彼はそこにひざまずいて、「私は愛してる」と言いたかった。……二人は黙って顔を見合った。しかし少しも意中を明か
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