まおうとした。しかしそれはできなかった。そして彼らはたがいのひそかな敵意を苦しんだ。クリストフはある時、ザビーネの冷たい顔の上に、隠れた怨恨《えんこん》の表情を読み取り得て、それが長く頭から離れなかった。彼女もやはり同じように、そういう考えに苦しんでいた。いくらそれとたたかい、それを打消してみても、それから免れることはできなかった。自分の心のうちに起こったことをクリストフに推察されたという恥ずかしさが、それに加わっていた――そして身を提供した恥ずかしさが……身を提供しながら与えなかった恥ずかしさが。
クリストフは音楽会のために、ケルンやデュッセルドルフへ行く機会を進んでとらえた。家を遠く離れて二、三週間過すのは、きわめて愉快なことだった。それらの音楽会の準備と、そこで演奏しようと思ってる新曲の創作とに、彼はすっかり没頭して、ついに煩わしい思い出を忘れてしまった。ザビーネもまた例のぼんやりした生活を始めて、思い出は頭から消え失せた。二人はたがいのことを平気で考えるようになった。ほんとに愛し合っていたのであろうか? 彼らはそれを疑ってみた。クリストフはザビーネに別れも告げないでケルンへ出
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