ーネの姿を、彼は見た――見たと思った。
彼は室から駆け出した。階段を降りて行った。庭の垣根《かきね》に駆け寄った。人に見られるのも構わずに、それを乗り越そうとした。しかし、彼女の姿が見えた窓をながめると、雨戸がすっかりしめ切ってあった。家の中は寝静まってるかと思われた。彼は行くのを躊躇《ちゅうちょ》した。窖《あなぐら》へ行こうとしていたオイレル老人が、彼を見て呼びかけた。彼は足を返した。夢をみたような気がした。
ローザはどういうことが起こってるか、長く気づかないではいなかった。元来彼女には狐疑《こぎ》心がなかったし、嫉妬《しっと》の感情とはどんなものだかまだ知らなかった。彼女はすべてを与えるつもりでい、また代わりに何かを求めようとはしなかった。しかし、クリストフから少しも愛してもらえないことを悲しげにあきらめてはいたものの、クリストフが他の女を愛するようなことがあろうとは、かつて思ってもみなかった。
ある晩、食事のあとに、彼女は数か月来のめんどうな刺繍《ししゅう》をなし終えた。うれしい心地がした。一度クリストフと話をしに行って、いくらか心を晴らしたかった。母が背を向けてるのに乗
前へ
次へ
全295ページ中124ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング