彼女の足下の踏段にすわった。腹のところにたくねてある彼女の長衣の皺《しわ》の中から、彼は青い豌豆の莢《さや》をつかみ取った。そして彼女の膝にはさまれてる皿の中に、丸い小さな豆を入れた。彼は下を見つめていた。ザビーネの黒い靴《くつ》下が見えていて、踝《くるぶし》や足先の形を示していた。彼は彼女を見上げられなかった。
 空気は重かった。空は白ばんでごく低くたれ、そよとの風もなかった。一枚の木の葉も動かなかった。庭は大きな壁で仕切られ、世界はそこで終っていた。
 子供は隣の女と出かけていた。二人きりだった。二人は物を言わなかった。もう何にも言うことができなかった。眼をあげないで彼は、ザビーネの膝から、なお豌豆をつかみ取った。その指先は彼女に触れると震えた。瑞々《みずみず》しいなめらかな莢の中で、ザビーネの指先に出会った。彼女の指も震えていた。二人はもうつづけることができなかった。たがいに眼をそらしてじっとしていた。彼女は椅子に身をそらし、口を半ば開き、両腕をたれていた。彼はその足下にすわり、彼女に背をもたしていた。肩と腕とに沿って、ザビーネの膝の温《ぬく》みを感じた。二人とも息をはずましてい
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