ことはめったになかった。二人は微笑《ほほえ》みで会釈をした。時とすると、彼女は入口にいたので、数話をかわすこともあった。あるいはまた、彼は戸を少し開いて、娘を呼び、ボンボンの小箱をその手に握らしてやった。
ある日、彼は思い切って中にはいった。チョッキのボタンがいると言った。彼女はそれを捜し始めた。しかし見つからなかった。あらゆるボタンがごっちゃになっていた、一々見分けることができないほど。彼女はその乱雑さを見られるのを少し当惑した。彼はそれを面白がって、なおよく見るために珍しそうにのぞき込んだ。
「厭ですよ!」と彼女は言いながら、両手で引き出しを隠そうとした。「のぞいちゃいけません。ごちゃごちゃですもの……。」
彼女は捜し始めた。しかしクリストフは彼女をじらした。彼女は癇癪《かんしゃく》を起して、引き出しをしめてしまった。
「見つからないわ。」と彼女は言った。「次の街路《まち》のリージさんのところへいらっしゃいな。きっとありますわ。あすこならなんでもありますよ。」
彼はその商売ぶりを笑った。
「あなたはそんなふうに、客をみんな向うへやってしまうんですか。」
「ええ、これが初めての
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