い時間も少しはなければならなかった……。
「退屈ではありませんか?」
「いいえ、少しも。」
「何にもなさらない時でも?」
「何にもしない時がいちばん退屈しませんわ。かえって何かする時の方が退屈しますわ。」
 二人は笑いながら顔を見合った。
「あなたはほんとに幸福ですね!」とクリストフは言った。「私は何にもしないということをまだ知りません。」
「よく御存じだと私は思っていますのに。」
「四、五日前からようやくわかりかけたんです。」
「では今によくおわかりになりますわ。」
 彼女と話をすると、彼は心が和《やわ》らぎ休らうのを感じた。ただ彼女と会うだけでも十分だった。不安だの、焦燥だの、心をしめつける苛《い》ら苛らした懊悩《おうのう》から、解放された。彼女と話してる時には、なんらの惑いもなかった。彼女のことを想《おも》ってる時には、なんらの惑いもなかった。彼はみずからそうだとは認めかねた。しかし彼女のそばにゆくとすぐに、快いしみじみとした安楽を覚え、ほとんどうつらうつらとしてきた。夜は、今までになくよく眠れた。

 仕事の帰りがけに、彼はよく店の中をちらりとのぞき込んだ。ザビーネを見かけない
前へ 次へ
全295ページ中115ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング