。」
 彼女はほとんど沈黙にも等しいかすかなやさしい笑いをもらしていた。クリストフは夜の静寂の中に、恍惚《こうこつ》として耳を傾けていた。彼はさわやかな空気を心地よく吸い込んだ。
「ああ、黙ってるのはほんとにいいことだ!」と彼は身体を伸ばしながら言った。
「そしてしゃべるのはほんとに無駄《むだ》なことですわ!」と彼女は言った。
「そうです、」とクリストフは言った、「おたがいによくわかり合えるんだから。」
 二人はまた沈黙に陥った。暗いのでたがいに顔を見ることはできなかった。二人とも微笑《ほほえ》んでいた。
 けれども、いっしょにいると同じことを感じていたとはいえ――もしくはそうみずから想像していたとはいえ――二人はたがいに相手のことを少しも知ってはいなかった。ザビーネはそれを別に気にかけてはいなかった。クリストフはそれほど無関心ではなかった。ある晩、彼は彼女に尋ねた。
「あなたは音楽が好きですか。」
「いいえ。」と彼女は事もなげに答えた。「退屈しますの。私にはちっともわかりません。」
 その淡泊さが彼の心を喜ばした。音楽が大好きだと言いながら音楽を聞くと退屈の色を示す人々の虚偽に、彼は
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