ただ一つの考えでいっぱいになっていた。彼らはそれがどういう考えであるか少しも知らず、みずからそれをはっきりさせなかった。十一時が鳴ると、微笑《ほほえ》みながら別れた。
 次の日には、二人はもう話を交えようとも試みなかった。親しい沈黙を事とした。時々二、三の片言を口にすると、二人とも同じことを考えてるのがわかった。
 ザビーネは笑いだした。
「むりに話さない方がどんなにかよござんすね!」と彼女は言った。「話さなければならないと思うと、厭《いや》になってしまいますわ!」
「ええ、世間の者が皆、」とクリストフはしんみりした調子で言った、「あなたと同じ意見だったら!」
 二人とも笑った。彼らはフォーゲル夫人のことを考えていた。
「かわいそうな人ね、」とザビーネは言った、「ほんとに飽き飽きしますわ。」
「自分ではちっとも倦きないんですからね。」とクリストフは悲しい様子で言った。
 ザビーネはその様子と言葉とを面白がった。
「あなたには面白いんでしょう。」と彼は言った。「あなたは楽ですよ、隠れておられるから。」
「そうですわね。」とザビーネは言った。「私は室にはいって鍵《かぎ》をかっておきますのよ
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