大して面白がってるのではなかった。しかし彼女は息子《むすこ》を相手に何を話していいかわからなかった。しかも息子に近寄って何か言ってみたかったのである。クリストフはその気持を感じて、彼女の話を面白く思ってるらしいふうを装った。しかし耳は傾けていなかった。彼はぼんやりした気分に浸り込んでいって、その日の出来事を思い起こしていた。
ある晩、二人がそうしていると――母が話をしてる間に、彼は隣の小間物屋の入口が開《あ》くのを見た。女の姿が黙って出て来て、往来に腰をおろした。その椅子《いす》はルイザから数歩の所にあった。女は最も濃い暗がりの中にすわっていた。クリストフはその顔を見ることができなかった。しかしだれであるかはわかった。彼の茫然《ぼうぜん》たる気持は消え失《う》せた。空気がいっそうやさしくなったように思われた。ルイザはザビーネがいるのに気もつかないで、その静かなおしゃべりを低い声でつづけていた。クリストフは前よりもよく耳を傾けた。そしてそれに自分の意見も交えたくなり、口をききたくなり、またおそらく言葉を向うの女に聞かせたくなった。彼女の痩《や》せた姿は、じっと身動きもせず、少しがっかり
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