。それら生物の最小から最大にいたるまで、同じ一つの生命の川が貫流していた。川は彼をも浸していた。彼は彼らと同じ血からなり、彼らの悦楽の親しい反響を聞いた。多くの小川で大きくなった河のように、彼らの力は彼の力に交り合った。彼は彼らの中におぼれた。窓を破って窒息してる彼の心に吹き込んできた空気の圧力に、彼の胸は破裂せんばかりになった。変化はあまりに急激だった。至るところに虚無ばかりを見てきた後に、自分の生存をのみ懸念していて、その生存が雨のように分散するのを感じていたのに、今やおのれを忘れて宇宙のうちに甦《よみがえ》らんとあこがれると、至るところに無限無辺の生を見出したのであった。彼は墳墓から出て来たような思いがした。生の河はなみなみとたたえて流れていた。彼はその中を愉快に泳いでいった。そしてその流れに運ばれながら、彼はまったく自由の身だと信じた。彼は知らなかった、前より少しも自由ではないということを、何人《なんぴと》も自由ではないということを、宇宙を支配する法則自身でさえも自由ではないということを、死のみが――おそらく――人を解放してくれるということを。
しかし、殻から出た蛹《さなぎ》は、新らしい外皮の中に喜んで手足を伸して、自分の新しい牢獄《ろうごく》の境界をまだ認めるの隙《ひま》がなかった。
月日の新しい周期が始った。幼い時、初めて事物を一つ一つ発見していった時のような、神秘な喜ばしい、黄金と熱気との日々であった。黎明《れいめい》から黄昏《たそがれ》のころまで、彼はたえざる幻の中に生きていた。すべての務めはうち捨てられた。長い年月の間、たとい病気の時でさえ、一回の稽古《けいこ》をも一回の管弦楽試演をも欠かしたことのない、この生真面目《きまじめ》な少年は、今やよからぬ口実を捜し出しては、仕事をなまけた。彼は嘘《うそ》をつくことも恐れなかった。嘘をついても後悔の念を覚えなかった。これまで喜んで意志を服せしめていた堅忍主義の生活は、道徳も義務も、今はほんとうのものでないように彼には思えた。その偏狭な専制は自然にぶっつかってこわれてしまった。健全強壮自由な人間性、それが唯一の徳である。その他はすべて悪魔にでも行くがいい! 世間から道徳の名をもって飾られ、人生をその中に押し込めようと世人がしている、用心深い策略の煩瑣《はんさ》な規則を見ると、憫笑《びんしょう》に価する
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