なとざされた小世界のように、彼には思われていた。彼らが感じており生きておることさえ、彼には確かにわかっていたろうか。それは実に不思議な機関《からくり》であった。クリストフは時として、幼年の無意識的な残忍さをもって、不幸な昆虫の四|肢《し》をもぎ取ることさえあった、しかもそれが苦しがることは少しも考えずに――そのおかしな※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》きを見る楽しみのために。一匹の不幸な蠅《はえ》をいじめていると、平素はあんなに穏かだった叔父《おじ》のゴットフリートもさすがに怒って、彼の手からそれを奪い取ったこともあった。その時彼は初め笑おうとした。それから叔父の興奮に感動して涙にむせんだ。その犠牲者も自分と同様に実際生存しているのであって、自分は罪を犯したのであるということを、彼は了解し始めた。しかし、その後彼は動物をいじめなかったとはいえ、動物になんら同情を寄せてるのではなかった。そのそばを通っても、彼らの小さな機体の中に行われてることを感じようとはしなかった。むしろそれを考えることを恐れた。それはなんだか悪夢に似寄っていた。――しかるに今や、すべてが明らかになった。それら生物のほの暗い意識界は、こんどは光明の巣となった。
 生物の群がってる草の中に、昆虫の羽音の鳴り響く木陰に、クリストフは寝ころんで、じっとうちながめた、蟻《あり》の性急な活動を、歩きながら踊ってるように見える足長|蜘蛛《ぐも》を、横っ飛びに跳《は》ね回る蝗《いなご》を、重々しいしかもせかせかした甲虫《かぶとむし》を、白い斑紋《はんもん》のある弾力性の皮膚をそなえている毛のないまっ裸の桃色の蚯蚓《みみず》を。あるいはまた、両手を頭の下にあてがい、眼を閉じて、彼は耳を傾けた、眼に見えない管弦楽に。香《かんば》しい樅《もみ》の木のまわりで、一条の日の光の中で、物狂わしく回転してる昆虫のロンド、蚊のファンファーレ、地蜂《じばち》のオルガンの音、木の梢《こずえ》に鐘のようにふるえてる野蜂の集団の音、または、揺ぐ木立の崇高な囁《ささや》き、微風に吹かるる枝のやさしい戦《そよ》ぎ、波動する草の細やかな葉ずれ、あたかも、湖水の清澄な面《おもて》に皺《しわ》を刻むそよ風のような、また、通りすぎ空中に消えてゆく恋しい足音のような……。
 すべてそれらの音やそれらの鳴き声を、彼は自分の中に聞いた
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